「マズロー欲求5段階説」で「最強伝説 黒沢」を読み解く。※ネタバレ

「最強伝説 黒沢」を読み、ただただ日常を生きる中年男性が、ある時、自分の人生を変えたいともがき立ち上がる様をみて、まさに「マズロー欲求5段階説」に当てはまるのではと考え検証してみた。そして読み解いていくうちに自分自身の人生についても考えさせられてしまった。下記で「マズロー欲求5段階説」の説明と「最強伝説 黒沢」の作品紹介をしていきたいと思う。

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「マズロー欲求5段階説」とは

マズローの欲求5段階説とは1943年に「アブラバム・ハロルド・マズロー」により提唱された「人間の動機づけに関する理論」である。

欲求5段階では人間の欲求は以下に示すような低次から高次にかけての5つの段階に階層化される。

  1. 生理的欲求
    食物、水などの人間の生存に係る本能的欲求である。
  2. 安全の欲求
    安全ないし安定した状態を求め、危険を回避したいという欲求である。
  3. 所属と愛の欲求
    集団や社会に所属、適合し、そこで他者との愛情や友情を充足したいという欲求であり、社会的欲求と訳されることもある。
  4. 承認の欲求
    他者から尊敬されたい、あるいは自分が他者より優れていると認識したいという欲求である。自我の欲求もしくは自尊欲求と訳されることもある。
  5. 自己実現の欲求
    自己の向上、あるいは自己の潜在的能力を実現したいという欲求である

①~④の欲求は欠乏動機と言い、自分以外のものによってしか満たすことのできない欲求である。また自己実現欲求は、もっとも高次で人間的な欲求であり、他の4つの欲求とは異なり、満たされる程いっそう関心を強化されるような成長動機である。

ではマズローの欲求5段階説を交えながら「最強伝説 黒沢」の作品を紹介していきたいと思う。

作品紹介

44歳の土木作業監督・黒沢は冴えない中年男性。ある日、あまりにも満ち足りていない自分の人生に焦りを覚え「人望が欲しい」 「こんな人生嫌だ」と己の人生を変えようと奮闘する。
夢と現実の狭間で葛藤しながら、後輩らの信任を勝ち得た黒沢に新たな騒動が次々と舞い込み、さまざまな修羅場に立ち向かってゆくこととなる。

主要キャラクター紹介

黒沢(主人公)

齢44歳、穴平建設に26年間勤める作業員。180㎝を超える大柄で、剛腕の持ち主。女性には縁がなく、作品初期においては人望も薄い。そんな彼は、ある時、あまりに満ち足りない人生に心打ち拉がれ、人生を変えようと奮起する。

坂口義明

穴平建設に勤める黒沢の後輩。物語初期には黒沢を嫌っていた時期もあったが、あることがきっかけで同僚の浅井・有田・中西らと共に、黒沢と親交を深めていく。しかし黒沢に振り回され、無理やり協力させられる場面も多く、様々な事件に巻き込まれてしまう。

仲根秀平

約190㎝の長身。有名な不良中学生で、その凶暴ぶりは黒沢を本気で撲殺しようとするほど。しかし黒沢の死を覚悟した気迫に圧倒され、敗北を認める。その後は黒沢を「兄さん」と慕うようになる。その見た目や凶暴さとは裏腹に、英語を流暢に使いこなし、女性にもモテる。またノミ屋を運営しており、毎月80万円を稼ぎ出す底知れない男。

所属と愛の欲求

社会から取り残されたような孤独感に苛まれる日々。一人で過ごす誕生日に惨めさを叩きつけられ泣かされ、ただカレンダー塗りつぶしていく人生に不安が押し寄せる。この人生への不満や孤独であることの惨めさが、マズロー欲求5段階説の3段目「所属と愛の欲求」を目覚めさせたと言える。ここから黒沢は社会の輪に所属し愛されるべく孤独からの脱出を試みる。

「人望」への執着

妻や子供はもちろん、恋人やとりわけ仲のいい友達もいない黒沢は、ふと孤独や人恋しさに押し潰されそうになる。そしてせめて仕事仲間には自分をわかってもらいたいと望むわけだが、悲しいかな、「人望」を得ようとすればするほど空回りし、誤解を生み、ますます周囲は離れていくばかり…。心許せる友は誘導人形の「太郎」のみとなってしまった。

「復活」への転機

仕事仲間から冷たい目で見られていた黒沢は、意外なことで「復活」を果たす。
ある日、担当していた現場を外され、別会社の別現場に交通誘導員として派遣されることとなった。その仕事は特に問題なく終えたが、帰宅した黒沢は異常な疲れを感じる。自分の体に異変を感じた黒沢はふと熱を測ってみると、38.2度の高熱に見舞われていた。しかしそん時に限って、赤松から急遽の依頼が舞い込んでしまう。とても現場に行ける状態ではなかったが、あのライバル視していた赤松から頼られたことの喜びもあり、これを快諾。現場に急行する。

急行した現場でも冷遇され、心身ともに憔悴しきった黒沢が自転車でフラフラと車道を走っているところを、後輩の坂口達に目撃され、介抱される。その際、現場で事故があり、唯一の友である誘導人形の「太郎」が故障したことを知った黒沢は「太郎」のもとに連れていくよう坂口達に強引に要請。そして現場にたどり着いた黒沢達が目撃したのは見るも無残な姿となりながらも愚直に誘導の職務を全うする「太郎」の姿だった。その姿を見て、黒沢は号泣。そして坂口達もその黒沢に心動かされる。

その日から風邪をおして働いたことも「太郎」への想いも、すべてが良い方に解釈され、黒沢のすべてが好転し、見事「復活」
し、人望を獲得していくのであった。

承認の欲求

一定の人望を獲得した黒沢は、「承認の欲求」の段階に入り、仲間や周囲から認められたいと願うようになる。同時に自尊心が芽生え、またその自尊心を大事に考えるような思考や心境の変化がみられる。

「自尊心」の崩壊

仕事仲間から人望を得た黒沢は坂口達後輩とファミレスで食事に行くことに。そこでお酒を飲み騒いでいた黒沢たちを不良中学生がカツアゲの対象に定める。黒沢がトイレに立っている間、不良中学生達が坂口達に絡むが、トイレから戻ってきた泥酔状態の黒沢が不良達を一括し退散させる。後輩達から羨望の眼差しを受け、黒沢はますます絶好調に。

その後、店を出て一人になったところ、先ほど絡んできた中学生グループの女性が声を掛けてきた。絶好調の黒沢は逆ナンだと思い妄想を膨らませているところ他の男子中学生たちに車に押し込まれてしまう。

その後、人気のない場所に連れていかれ、死を予感するほどの暴行を受けていたところ、坂口達が駆け付ける。中学生グループは一目散にその場を去るが、それに気づいていない黒沢は坂口達の前で号泣しながら土下座して謝罪。裸踊りまでもしようとしたところ、目の前にいるのが坂口達と気づく。坂口達が同情とも言える眼差しを向ける中、黒沢の「自尊心」は音を立ててに崩れさっていく。

「自尊心」の奪還

後輩に醜態を晒してしまった黒沢は、後日、自尊心を回復すべく、坂口達を居酒屋に呼び出し、中学生グループに決闘を申し込むことを決意表明する。なだめる坂口達を尻目に、後ろの席で聞いていた一般客が黒沢の決意に感化され決闘を見届けたいと切望する。それをきっかけに周りの一般客を巻き込む大応援団が出来てしまい、黒沢も引くに引けなくなる。

そして翌日、決闘を申し込むべく中学校の前に待ち伏せる黒沢。しかし黒沢の頭の中は葛藤と後悔の念で覆いつくされる。覚悟も固まらないまま黒沢に暴行を働いた不良グループが現れる。不良グループも黒沢の姿を見て驚くが、多勢に無勢とみれば強気となり、黒沢に襲い掛かる。しかしここで黒沢のつっぱりが火を噴き、不良の一人を撃破。あまりの威力に中学達は恐怖を覚え、勢いは一気に失速。

しかしそこで現れたのが、約190㎝の長身をもつ有名な不良中学生・仲根秀平だった。場所を変え、二人は決闘することに。凶暴な仲根はバットで本気で黒沢を撲殺しようとする。しかし黒沢も死を覚悟した気迫を見せ、仲根を撃退する。ついに黒沢は失った「自尊心」を取り戻したのだった。

「承認」の獲得

見事自尊心を取り戻した黒沢は、坂口達とも親しい関係を保ち、仲根にも「兄さん」と慕われるようになり、徐々に仲間や周囲から自分の存在を認められるようになってくる。その後、黒沢を狙う中学生のリーダー格5人や仲根に恨みをもつレスラー3人を撃退するなど、周囲に畏怖の念を抱かせるほどの存在感を発揮していた。そんな中、同じ現場で働く腕っぷし自慢の小野にはライバル視をされていたが、あることがきっかけで「親分」と呼ばれる間柄に。良くも悪くも多くの人間から認められる存在となっていった。

自己実現の欲求

周囲から認められる存在となった黒沢は、最終段階の「自己実現」へ突き進む。そもそも黒沢にとって、「自己実現の欲求」とは何なのか?それは物語冒頭に描かれる自分だけの「感動」を獲得するということではないのだろうか。

ある日、仲間内でサッカー観戦する中、誰よりも大騒ぎしながらも、黒沢は胸の奥が冷えていくのを感じていた。唐突に気づいてしまったのだ。「感動などないっ…!」と。そこから黒沢は他人事ではなく、自分自身の本当の「感動」を求めるようになる。

「敗北感」の去来

一定の人望や他者からの承認を得た黒沢に去来したものは「敗北感」だった。自らの行動を変えたことにより得た人望や承認が、なぜもっと早期に出来なかったのだろうという後悔に変わっていったのだ。そんなある日、黒沢は、自らを夢や希望を捨てた「ホープレス」と名乗るホームレスのおっちゃん達に出会う。戦うことを避け、敗北に甘んじてきた彼らを自分と重ね合わせるのであった。

「勝利」への追及

泥酔した黒沢はホームレスの集合住宅の一部であるおっちゃんのテントで一夜を過ごす。朝目覚め、おっちゃんと語り合う。希望を捨て、嫌な現実から目をそらし、しかし未練もあるおっちゃんに自分と重ねながら、変化を求める黒沢は一度その場を去る。

そんな中、数名の不良たちがテントに現金が隠されているという噂を耳にし、おっちゃんのテントを荒らし始めていた。一度は去った黒沢だが、買い出しを済ませ、テントに戻るとその不良達を目撃、そして撃退する。しかしその不良は暴走族に所属しており、夜に50人を連れてホームレスの集合住宅を襲撃すると言い残し去っていった。

黒沢は対50人を相手に戦うことを決意。そしてホームレス達に共に戦うことを呼びかける。しかし黒沢が如何に「勝利」をもぎ取るかを熱弁しようとも、今までの人生で自分が信じられなくなっているホームレス達の士気は一向に上がらない。敗北を重ねすぎて勝利のイメージが浮かばないのだ。そんな中、仲根や小野達それに坂口達、計8人を援軍に迎え、ついに50人もの暴走族の襲撃を迎えることになった。

「魂」の伝播

ついに50人不良達が襲撃にやってきた。序盤は黒沢の戦略がはまり、形勢は大きく有利に傾き、あともう一押しの所まで持ち込んだが、次第にホームレスの士気が恐怖へと変わり身動きできずにいた所を一気に形勢を逆転されてしまった。それでも黒沢は諦めず滅多打ちにされながらも奮闘を続ける。そんな黒沢の「魂」がホームレスに伝わり、ついに決起する。恐怖に打ち勝ち戦うホームレス達は暴走族を圧倒。そしてついに念願の勝利をつかみ取るのであった。

「感動」の降臨

不良達を撃退した黒沢達は勝利の余韻に浸りながら宴会を催す。ホームレス達は、戦うことにより初めて得られる勝利を覚えると同時に、今までの不可能は何だったのかと考えさせられる。そしてホームレス達もまた「自己実現」を目指し立ち上がったのだ。そして多く血を流した黒沢は横たわり、仲間たちやホームレス達に囲まれ、薄れゆく意識の中、彼が心から望んでいた自分だけの本当の「感動」を手にするのであった。

最後に

「最強伝説 黒沢」から学ぶこと

この作品読んで思うことは、行動せずには自己実現に向かうことはできないということ。そして本当の感動は得られない。人間それぞれ器という物があるとすれば、それぞれ大きさも違えば、形も違う。億万長者や有名タレント、有名アスリートなど華々しく煌びやかに感じるが、彼らと同じ感動を得ようとすれば、器に入りきらず、ただただ押し潰されるだけで終わってしまうかもしれない。しかしそれを恐れて行動しなければ自分の器の大きさや形もわからず、ただ生活するだけで人生を終えてしまうのではないかと思う。感動の大きさや形は自分の器に合っていればそれで良いのだ。大きな成功をもたらした人間や社会全体から見れば小さなものかもしれないが、その人間からすれば一人の人間の心を満たす大きな感動となるのだ。勇気を出して、居心地の悪い、不確定要素の溢れる新たなる環境へ自ら足を踏み入れなければ、自己実現に到達できないし、本当の感動は得られないのかもしれない。そして人生の最終地点である死を最高の感動と共に迎えるために我々は生きているのかもしれない。