マルい形

恐怖体験、[マルい形]

A子は、一つの悩みがあった。

それは、仕事から家に帰るといつもかかってくる非通知の電話。
今日も家について鞄を置いたタイミングで着信が鳴った。

スマホを見ると、やはり画面には”非通知”の文字が表示されていた。
「またか…、いい加減しつこいんだから、B男は。」

A子には、この非通知の電話の相手に心当たりがあった。
それは、数か月前に別れた元カレ、B男だった。

束縛が強いB男に疲れたA子は、一方的に別れを告げた。

その後しばらくは、B男からの着信が一日に何度もあったり、留守電に「やり直したい」というような伝言が入っていることが度々あった。

だが、A子は無視し続けていたため、B男からの連絡は徐々に少なくなっていった。

その代わりに、非通知の電話がかかってくるようになった。

(私がB男からの着信に出ないから、非通知でかけてきているんだ…)

A子はそう思ったので、非通知の電話に出たことは一度も無かった。

翌朝、A子はいつも通り、出勤前にマンションのごみ置き場にゴミを捨てに行った。

「おはようございます」

振り返ると、マンションの清掃員のおじさんがいた。

いつも朝からニコニコと笑いかけてくれるおじさんだ。

「おはようございます。いつも掃除、ありがとうございます。」

A子も笑顔で挨拶を返した。

「そんな風に感謝の言葉を言ってくれるのはお宅くらいだよ。  そういえば最近、若い男が夜中にマンションのあたりをうろついているみたいだから気を付けたほうが良いよ。」
「そうなんですか」

A子は、ふとB男が頭をよぎった。

「あんたみたいな若い女の子が、夜中にその男に声をかけられたって何人か言ってるよ。  物騒な世の中だからね、何かあったらいつでも僕に相談してきな」

「ありがとうございます。」

(何かあったら…か。)
A子はふと思い出した。

(そういえば、朝玄関のドアに丸い汚れがついてたな…。誰かのイタズラかなって思ったけど…。)

そんな事が頭をよぎったが、朝の満員電車に揺られているうち、そんなことはすっかりと頭から抜けてしまった。

その夜、家に帰るといつも通り着信が鳴った。

テーブルの上にスマホや家のキーを放り投げ、ソファーに寝転がっていたA子は、疲れ切っていたため、身体は動かさずに視線だけをスマホに移した。

(どうせまた非通知でしょ…)

しかし、スマホの画面に映っていたのはB男の名前だった。

一瞬出ることをだめらったが、自分の家の周りをうろついていたり、玄関にマルい汚れがついていたことなどをB男に聞いてみたくて、A子は電話に出た。

「久しぶり!A子、元気にしてるか?」

「元気だけど…今日は非通知でかけてこなかったのね」

「非通知?俺、数か月ぶりにお前に電話してるんだけど」

A子は驚いた。

「えっ、いつも非通知でかけてくるの、B男じゃないの?最近うちの周りをうろついてるのとか…」

「何言ってんだ?俺、非通知のかけ方知らねーし。ていうか俺、お前と別れて1か月後くらいに、九州に転勤になっちゃったんだよ。」

(そうだったの…)

しばらく世間話をした後、電話を切った。
B男は仕事が忙しいらしく、自分への未練はだいぶ無くなっていた。

しかし、非通知の電話はB男だと思っていたのに…。清掃員のおじさんが言っていた若い男とか、玄関のマルい汚れのイタズラとか…。いったい誰なんだろう。

得体のしれないものに、A子は寒気を感じた。

-ピンポーン-

インターホンが鳴った。

「夜分にすいません、〇〇警察の者です」

(警察?こんな夜中に何だろう。)

警察が家を訪ねてくるなんて、何だか物騒だ。A子は緊張しながら玄関を開けた。

「すいません、こんな時間に。実は、このマンションの清掃員、〇〇が先ほど殺人の容疑で逮捕されまして。」

「えっ!?」

A子は耳を疑った。
(あの毎朝明るく挨拶をしてくれる清掃員のおじさんが、殺人…?)

「容疑者の自宅から、被害者を含めた若い女性の写真が複数枚見つかりまして。その中にあなたの写真も入っていたんです。」

「写真…ですか。」

A子は何が何だか分からなくなってきた。

「恐らく、容疑者はあなたの事も狙っていたと思われます。最近容疑者と関わったりしましたか?」

「関わるっていうか…毎朝ごみを出すときに挨拶するくらいです…。あ、あと、最近若い男がうろついているから気をつけろって言われました。」

「若い男?このマンションの住人を一通り聞き込みしましたが、そんな話は一切出てきませんでしたよ。」

「そうなんですか…。でもそのおじさんに言われました。何かあれば相談しなさいって…」

「それは、あなたと関りを持ちたいがための作り話かもしれませんね」

警察は、続けて言った。
「あと、気になったのですが、この玄関のマルい跡、これは前から付いていたのですか?」

「あ、それは…私も最近気づいたんです。誰かのイタズラかなって」

「これは、跡がついているんですよ。おそらく容疑者のものでしょう」

「跡…?」

「あなたの部屋の中の様子を聞く目に、耳をドアにあてている跡です。」

A子は、背筋が凍りついた。