第1話 二度めの夏
「好きだなんて言わなければよかった。あの頃の俺は何も知らずに過ごしていた。燐の身体の事も燐の気持ちもー」
森山燐（もりやまりん）と篠原智（しのづかさとし）はいよいよ始まる自分たちのバンド演奏を、舞台裏で待ちわびていた。バンドメンバーにとって学園祭のステージは夢の舞台であった。燐に突き動かされ、自分やここにいるみんな、そして学校までも変わっていった。
燐と智が出会ったのは、学園祭ライブから3か月前。その日、智は一人でギターを抱え歩いていた。智がギターを始めたのは、十二年前に智の通う北高の文化祭ライブで一躍有名になった「Animato animato（アニマート アニマ―ト）」という当時の北高三年生で結成されたロックバンドに憧れたからだ。智が入学した当初は同志がいるかもと淡い期待を持っていたが、現実は甘くなく、未だに一人でギターを弾いていた。そんな現実の厳しさを味わいながら河原でアニマートの曲を弾く智。そのギターに合わせて歌声が聞こえる。ふと後ろを振り向くとそこには燐の姿があった。燐もアニマートのファンだと言う。これが燐との”一度め”の出会い。
その４ヵ月後、ライブの打ち上げで智の家に集まるメンバー。燐のいたずらにより闇鍋で大惨事に…メンバーは帰宅。智も燐を家まで送る。その帰り道、大学に一緒に通おうと誓い合う二人。しかし突然燐は意識を失ってしまう。燐はそのまま入院することになった。燐は先天性の心臓疾患を患っていたのだ。心臓移植が成功し学校に通えることになった燐はとても喜んでいたが、その矢先、またしても身体に異常が発見された。もう燐には延命治療しか残されていなかった。そんな状況に燐は治療を拒み、みんなとの学校生活を選ぶ。それも長くは続かず入院生活を余儀なくされる。そんな燐のお見舞いに智は訪れた。
やせ細った燐は言う。
「ねえ智君、最後のワガママなんだけど…バンド、続けて。前を向いて頑張って。そうしてくれるあたしは嬉しい。」
智は燐が死んでしまうという現実に怒りを覚える。そのやりきれない心中のまま言葉を発する。
「…俺は、お前が好きだよ。ずっと好きだった。ずっと一緒にいたいと思ってた…」
その言葉に対する燐の言葉は意外なものだった。
「なんで…なんでそんなこと言うの？あたしは君の事…みんなのことを、仲間として大切だと思ってて…そんなこと言われても迷惑だし…っなんでこんな最後になって…あたしにこんなこと言わせるの…。」
「出てって！」
狼狽する智はそのまま病院を立ち去る。そして翌日そのまま燐は帰らぬ人となった。強い後悔の念に駆られ、現実を受け入れられない智。そんな智に燐が最後に書いたという手紙が届く。その手紙には「ごめんなさい」の一言だけ書かれていた。燐の短い生涯の最後を自分がぶち壊してしまった。あれは伝えてはいけない気持ちだった、と深く後悔する智。呆然自失で燐と出会った場所に足を運ぶと、燐の歌声が聞こえた気がした。その瞬間、足を踏み外し土手を転落してしまう。次の瞬間、燐と出会ったあの時へ戻っていた。これが燐との”二度め”の出会いだった。
